2013年 07月 10日
一律では弱いシステムです。 |
その1、種は生き残りの選択として不揃いを選んだ。
紙袋に入って売られている種は蒔くと一斉に芽をだし一斉に花が咲く。自家製の古代種は目出しも不揃いで育ちも不揃い。毎年の気候は変化し天候不順のときでも生き抜いてゆくには当然後者を戦略として選ぶ。
種内の多様性はその種の生き延びた結果である。早く芽を出すのもいいが遅く芽を出すのも遅霜のときは生き残る。背の高いのも草に負けずに実るが風が吹けば倒れる。古代種は高いのも低いのも早いのも遅いのもある、つまり一律ではなく不揃いなのである。生産者、早い話が利用する側からいけばすべてそろってた方がつまり多様でない方が効率がいい。改良とは種内の多様性を単一化したものである。ここには生き延びるしたたかな生命力は削がれている。
野生種ほど味が濃い、ハウス物より露地栽培のほうがうまい、水耕栽培のトマトなど生きる力を失ってる。他の雑草と混生してこそたくましさが生まれ、虫に食べられてこそ負けまいとする生命力が与えられる。
私が古代種、自然栽培に憧れる由縁でもある。
ちなみに「生物多様性」などと言い出した国や偉い人は全く違う意図を持ってるので要注意。
紙袋に入って売られている種は蒔くと一斉に芽をだし一斉に花が咲く。自家製の古代種は目出しも不揃いで育ちも不揃い。毎年の気候は変化し天候不順のときでも生き抜いてゆくには当然後者を戦略として選ぶ。
種内の多様性はその種の生き延びた結果である。早く芽を出すのもいいが遅く芽を出すのも遅霜のときは生き残る。背の高いのも草に負けずに実るが風が吹けば倒れる。古代種は高いのも低いのも早いのも遅いのもある、つまり一律ではなく不揃いなのである。生産者、早い話が利用する側からいけばすべてそろってた方がつまり多様でない方が効率がいい。改良とは種内の多様性を単一化したものである。ここには生き延びるしたたかな生命力は削がれている。
野生種ほど味が濃い、ハウス物より露地栽培のほうがうまい、水耕栽培のトマトなど生きる力を失ってる。他の雑草と混生してこそたくましさが生まれ、虫に食べられてこそ負けまいとする生命力が与えられる。
私が古代種、自然栽培に憧れる由縁でもある。
ちなみに「生物多様性」などと言い出した国や偉い人は全く違う意図を持ってるので要注意。
by kerokotan
| 2013-07-10 08:55
| 際、接縁